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一昨日、お台場へ「東京大薪能」を観に行った。 薪能の観劇は昨年5月の「深大寺薪能」以来2回目。 開演に先立ち、「能」の一般的な解説があった。 「能」は一言でいえば、「省略の芸術」であると。 一方、オペラ、京劇、歌舞伎などは「誇張の芸術」であると。 例えば「能」は悲しさを表現する場合、シテは右手をゆっくり眉毛近くまで 掲げ、おもて(面)をわずかに前に傾斜させるだけ。 シテのたったこれだけの演技により観客はらはらと涙を流す。 又喜び、笑いの表現はおもて(面)をわずかに上に傾斜させるだけと。 これは演技の抽象化?かな。 身体の動きは単調で、顔の表情表現は面でブロックされているし。 舞台はあくまでシテに一極集中されて進行する。 そして「鼓」の音、リズム(間)の緊迫感で最高潮に達する。 「能」から連想するのは、わび、さびの世界。この世とあの世との間?。 音楽でいえば短調の世界等々。 「能」(高砂)の開演は40分遅れとなり、7時40分くらいだったろうか。 帰りの電車のこともあり、狂言(末広)、半能(石橋)は観ないで帰った。 |
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